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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)505号 判決 1960年8月09日

原告 谷口稔夫 外一名

被告 株式会社入江組

参加人 国 国代理人 藤井俊彦

主文

一、被告は原告谷口稔夫に対し金五三、四六五円、原告谷口ツヤ子に対し金二〇〇、〇〇〇円及びそれぞれ右金員に対する昭和三二年二月二二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告等の其の余の請求はこれを棄却する。

三、被告は参加人に対し金一五七、七二五円とこれに対する昭和三三年三月二一日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四、訴訟費用(参加費用を含む)は被告の負担とする。

五、此の判決は原告谷口稔夫において金一〇、〇〇〇円、原告谷口ツヤ子において金四〇、〇〇〇円、参加人において金三〇、〇〇〇円の各担保を供するときはそれぞれ勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告稔夫に対し金三〇七、〇一〇円、原告ツヤ子に対し金三〇〇、〇〇〇円及びそれぞれ右各金員に対する昭和三二年二月二二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告両名は夫婦なるところ、その間に二男旻(昭和二二年四月一四日生)、長女泰子(昭和二四年一二月一七日生)、二女いさ子(昭和二七年八月一三日生)が出生した。

二、原告等の長女泰子が昭和三一年三月二三日午後五時頃茨木市大字奈良六九〇番地先住宅前道路上で遊んで居たところ、被告会社の被傭者運転手前田文雄が被告のために運行の用に供せる普通貨物自動車(大一-五〇三七一)(以下本件貨物自動車と称する)を同所附近ロータリーの西側に停車せしめたが、右自動車を離れるに際し、道路交通取締法施行令三五条の定むるところにより、その機関をとめ、点火装置のかぎをはずし去り、完全に制動装置を施すべきに拘らず、その措置を怠つて自動車を離れたので、被告会社の被傭者人夫谷口健一(以下訴外人と称する)は右自動車の停車位置をかえんとして無暴にも漫然泰子に向け運行したため、急ぎ道路沿の排水溝を踏越え道路に面して設けてあつた住宅の板塀に身を寄せ待避した泰子に右自動車の前方を激突せしめ更に右板塀を突き壊して前進し泰子を自動車前方と板塀との間で圧擽し、因つて同女に頭蓋腔内出血及胸部圧迫の重傷を与え同日午後八時四三分死亡するに至らしめた。

三、原告稔夫は右事故のため泰子を入院せしめるための自動車運賃一一六〇円、其の後の治療費五八五〇円合計七、〇一〇円を支出した。

原告等夫婦は、泰子が本年学齢で四月の新入学を迎え、殊の外喜んでいたので、その入学を楽しみにしていたところ、本件不慮の事故のため、凡ての希望を失ひ悲歎に暮れている。泰子は入院中意識は明瞭で負傷したことを母親に叱られることを恐れ、「泰子は塀につかまつてよけていたのに自動車が追つて来た……」と繰返していたが、そのいじらしさは慰めようがなく、本件事故は両親にとつて生涯忘れることの出来ない精神的打撃である。

四、被告会社は前記自動車を自己のため運行の用に供していたところ、その運行によつて本件事故を惹起せしめたのであるから、被告はその被害者たる原告らに対し自動車損害賠償保障法第三条により原告らの被つた前記損害を賠償すべき義務がある。

五、仮に、本件事故につき右法条の適用なしとするも、原告等の被つた損害は、土木建築請負業を営む被告が当時請負つていた小川改修工事のため被告会社の被傭者前田文雄が右自動車の運転の業務に従事中、前記の如く完全な制動装置を施さなかつた過失並びに被告会社の被傭者訴外人の右運転上の過失により被つたものであるから、被告はその被傭たる右両名のなしたる不法行為による損害につき民法第七一五条により原告に賠償をなすべき義務がある。

六、よつて、原告両名は被告に対し右精神的苦痛に対する慰藉料として各三〇万円と更に原告稔夫は前記自動車運賃及治療費の合計七、〇一〇円の支払を求める。

と陳述し、原告主張に反する被告の主張を否認し、

証拠として、甲第一乃至三号証を提出し、証人白石亮一、同岩崎みや子の各証言並びに原告谷口稔夫本人の供述(第一回)を援用し、乙第一、三、四、五号証の各成立を認め、同第二号証の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は、本訴につき「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実は認める。

二、同二の事実中、原告等の長女泰子が原告主張の日、主張の場所で遊んでいたところ、訴外人が運転せる本件貨物自動車により負傷を受け、原告主張の頃死亡したことは争はないが、右事故発生当時、被告会社が自己のために右自動車を運行の用に供していたものであるとの事実、右自動車の運転手たる被告会社の被傭者前田文雄が右自動車を離れるに際り原告主張の如く完全な制動装置を施すのを怠つたとの事実はいずれも否認する。

三、同三の事実はこれを争う。本件事故発生現場から河合病院まで泰子の輸送は被告会社使用の前記自動車によつてなしたものである。

四、被告には本件事故につき自動車損害賠償保障法第三条による責任はない。即ち、同法条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは抽象的一般的に当該自動車を自己のために運行の用に供している地位にあるものをいうのではなく、事故発生の原因となつた運行が自己のためになされている者をいうと解すべきところ、本件事故は被告会社において運転士以外の者が自動車の運転をなすることはこれを厳禁していたに拘らず、職業安定所より派遣された土運びの人夫である訴外人が運転手の不在に乗じ、盗用若くは悪戯により自動車を運転したことにより惹起したものであるから、本件事故の原因となつた運行については、被告会社が自己のために運行の用に供していたものには該当しない。

五、被告には本件事故につき民法七一五条による責任はない。本件事故が発生したのは当日午後五時一五分であつて訴外人の作業終了後のことである。同人は被告会社が請負つていた小川改修工事が緊急失業対策法に所謂公共事業に該当する関係上、同法に基き公共職業安定所から差廻された人夫であつて、その稼動時間は当時午前八時より午後五時までと限定されていた。故に人夫としての身分関係は、公共職業安定所から差廻され、稼動に入る都度発生し、稼動時間の終了と同時に消滅するものである。故に本件事故発生時においては、訴外人と被告間には雇傭関係がないのみならず、訴外人のなしたる運転は前記の如く盗用又は悪戯によるものであつて、被告の業務の執行とは何等の関係なきものである。仮に、本件事故が被告の事業の執行につき被告の被傭者により発生したものであるとしても、被告には訴外人の選任監督について過失がない。訴外人は職業安定所より派遣せられた人夫であり、被告は同人を土運びの人夫として使用していたもので、自動車運転の資格なき同人らには自動車の運転をなすことを厳禁していた。

と述べ、

参加につき「参加人の請求を棄却する、参加費用は参加人の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、参加人主張の一及四の事実は認めるが、其の余は争う。

二、本件事故につき被告に責任なきことは、本訴につき被告が答弁として述べたとおりであるからこれを引用する。

と述べ、

証拠として、乙第一乃至五号証を提出し、証人谷口健一、同谷口隆男、同前田文男、同石谷俊之介、同原田睦男の各証言及入江仙太郎本人の供述並びに検証の結果を援用し、甲各号証の成立を認めた。

参加人指定代理人は、主文第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、参加の原因として、

一、訴外谷口泰子は、昭和三一年三月二三日午後五時頃、茨木市奈良六九〇番地先において、本件貨物自動車に圧擽され、その結果頭蓋内出血等によつて同日午後八時四三分死亡した。

二、この事故により泰子の父稔夫(原告)はつぎの如き損害を蒙つた。

(一)  財産上の損害  金 一一、二五〇円

内訳 (イ)治療費の支出 金  五、八五〇円

(ロ)葬祭費    金  五、四〇〇円

(二)  精神上の損害  金    三〇万円

三、ところで、この事故は、被告のために前記自動車を運行することによつて生じたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条によつて、被告は右損害を賠償すべき責任を有する。

仮に然らずとするも、被告は土木建築請負業を営む会社であり、前記自動車を訴外入江仙太郎より借受け運転手前田文雄に運転させて右営業のために使用していたものであるが、本件事故は、被告会社の作業時間中に、その作業現場において、被告雇用の右運転手と、同じく被告使用の人夫訴外人の過失によつて発生したものであるから、結局被告は原告に対し本件事故につき使用者として民法七一五条による責任がある。

四、原告は自動車損害賠償保障法第七二条一項後段に基き政府に対し右損害のてん補を請求してきたので、参加人は審理の上政令の定むるところに従い、昭和三三年三月二〇日原告に対し右損害額の内、財産上の損害につき金一一、二五〇円、精神上の損害につき金一四六、五三五円、合計金一五七、七二五円を支給した。

五、よつて、同法第七六条三項により、参加人は右支給額の限度において、原告が被告に対し有する前記損害賠償請求権を取得したので、被告に対し昭和三三年三月二三日到着の納入告知書をもつて右金員を納付すべき旨告知したにかかわらず同人はその支払をしない。そこで、参加人は被告に対し、原告の本訴請求債権のうち、金一五七、七二五円とこれに対する参加人が前記支払をなしたる日の翌日たる昭和三三年三月二一日以降右支払済に至るまで年五分の割合による民法所定損害金の支払を求めるため参加に及んだ。

と陳述し、被告の主張を否認し、

証拠として、丙第一号証の一乃至三を提出し、証人谷口健一、同谷口博の各証言及び原告本人の供述(第二回)を援用し、乙第一、三、四、五号証の各成立を認め、同第二号証の成立は不知と述べた。

理由

原告等の長女泰子(昭和二四年一二月一七日生)が昭和三一年三月二三日茨木市大字奈良六九〇番地先路上で、訴外人の運転せる本件貨物自動車により原告主張の如き重傷を被り、同日午後八時四三分死亡するに至つたことは当事者間に争がない。

原告は、右事故につき被告会社は本件自動車の保有者として自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償義務があると主張するに対し、被告はこれを争うので考えるに、成立に争なき乙第四号証、証人石谷俊之介の証言及びこれにより成立を認め得べき乙第二号証、証人谷口健男、同谷口健一、同前田文雄、同岩崎ミヤ子の各証言並びに検証の結果を綜合すると、被告会社は茨木市長より茨木市小川沿岸排水改良工事を請負い、前記事故当日たる昭和三一年三月二三日同市大字沢良宜始において右工事を施行し、本件自動車を被告のため運行の用に供していたが、被告会社の運転手前田文雄が茨木市大字奈良六九〇番地附近ロータリー西側に右自動車を停車せしめ、かぎを外さずして右自動車を離れたので同日午後五時過ぎ頃被告会社の被傭者人夫谷口隆男がこれに乗車して多少停車の方向位置を南寄りに変え下車するや、次いで同じく被告会社の雇人夫訴外人が運転技術並びにその資格を有せざるに拘らず好奇心より右自動車に搭乗してこれを運転し、前方路上に泰子が居るのに気付かず、漫然約八米余泰子に向け運行したため、急ぎ道路沿に設置せる排水溝を踏越え道路に面して設けてある住宅の板塀に身を寄せ待避した泰子に自動車を激突せしめ更に板塀を突壊して前進し泰子を自動車前部と板塀との間で圧擽して同人に前記のとおり重傷を与え遂に死亡せしむるに至つたものである事実を認め得べく右認定に反する証拠はない。

自動車事故は交通機関の発達に伴う不可避的な害であり、それは実存する社会機構に内在する諸因より自ら派生して来るものである。故に右事実については当該事故に直接関係あるもののみで解決すべきものではなく、文明社会に生存しその利益に均てんする者全員が共に受忍すべきものであるということができる。そこで、自動車損害賠償保障法は、自動車事故について、被害者の保護を図りながら自動車の健全な発達に資するため、損害賠償を保障する制度を確立すると共に、あわせて自動車を運行の用に供する者(保有者)に対して、同法第三条において謂わば責任推定の規定を設けたのであつて、同法条本文は、自動車の保有者は自己又は自己が委任せる運転手の運行により他人の生命又は身体を害したるときはその責任が推定せられ、これによつて生じた損害を賠償すべき義務がある旨を規定したものと解すべきである。法が斯くの如く自動車の保有者に特別の責任を課したのは、その者がその自動車の運行により有形無形の利益を得ている以上その実質的理由によりその者をして第三者に損害を及ぼさない様管理上特別の努力をなさしめることが衡平であるからに他ならない。故に、自動車の運行により事故が発生した場合に、その保有者が何人であるかを決定するに当つては、右経済的利益の観念による右法条の実質的理由を度外視することはできないのであつて、個々の場合に具体的に事実関係を直視してこれを決定すべきである。然らば、第三者が当該自動車の管理権者の同意なくして擅にその自動車を運行し事故を生ぜしめた場合には、当該自動車の管理権者は右事故については右法条にいう保有者に該当せず、無断使用をなしたる者を保有者と認むべきが一般であるけれども、若し、第三者の無断使用による運行が、その自動車の管理権者の責に帰すべき原因によるときは、右法条の前記立法趣旨に照し、右自動車の管理権者も亦無断使用者と同様保有者としての責任を免れ得ないものと解するのが相当である。

本件についてみるに、前記認定事実によれば本件事故の原因となつた運行は、第三者と認むべき訴外人がなしたものであるけれども、これは被告会社の運転手が本件自動車を離れるにあたり、道路交通取締法施行令三五条所定の措置即ち、点火装置のかぎを外し去り完全に制動装置を施す義務を怠つた過失に基因するものと認めることができるから、被告もまた本件自動車の保有者として訴外人が発生せしめた本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

そこで、原告等の蒙つた損害の額について考えるに、いずれも成立に争なき丙第一号証の一乃至三、同第二号証と原告稔夫本人の供述(第一、二回)によると、原告稔夫は目下住友金属製鋼所に勤務し年収約三〇万円を得ているが、本件事故により被害者の父としてその治療費金五、八五〇円、葬祭費金五、四〇〇円を支出したこと、原告等夫婦は長女泰子が小学校に新入学を迎えていたのに、その不慮の本件事故に遭い、甚大な精神上の苦痛を被つた事実が認められ、右認定による諸事情並びに当事者間争なき原告主張の一の事実を綜合すれば、原告等の被つた精神上の苦痛に対する慰藉料は各金二〇万円と認めるのが相当である。

原告等は本件事故により自動車賃一、一六〇円を支出したと主張するが、これを確認し得べき証拠がない。

しかして参加人が原告稔夫の請求により、参加人主張の如く昭和三三年三月二〇日同人に対し右損害額のうち、財産上の損害につき金一一、二五〇円、精神上の損害につき金一四六、五三五円右合計一五七、七二五円を支給したことは参加人と被告間に争なきところであるから、右事実並びに弁論の全趣旨によれば、被告と原告間においても同一の事実を認めることが出来る。然らば、参加人が同原告に支払つた右認定額については、参加人は同原告が被告に対し有する前記損害賠償債権を取得したといわなければならない(自動車損害賠償保障法第七六条、第七二条一項)。

以上により、参加人が被告に対し右支払額一五七、七二五円とこれに対する右支払の日の翌日たる昭和三三年三月二一日以降右支払済に至るまで年五分の割合による民法所定の損害金の支払を求める請求並びに、原告ツヤ子が被告に対する請求中慰藉料二〇万円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日たること本件記録により明らかな昭和三二年二月二二日以降完済まで年五分の割合による民法所定の損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容すべく、次に原告稔夫が被告に対する本訴請求中、同原告が被つた前記認定の精神的損害金二〇万円より既に参加人より支払を受けた金一四六、五三五円を控除した残額金五三、四六五円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日たる昭和三二年二月二二日以降完済まで年五分の割合による民法所定の損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容し、原告両名の其の余の請求は失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎)

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